校長会広報で掲載中の絵画・写真・書の紹介です。
尾張旭・三郷小 龍尾 和子
我が家の庭先にある紫陽花は、毎年五月になると蕾を付け始め、やがて鮮やかな青紫の花を咲かせます。
大学時代に同じ志をもち、共に学び、遊び、共に教員になった友が誕生日に贈ってくれた紫陽花。それから十余年。
友は変わらずその温かさで、紫陽花も変わらずその彩りで、私を励まし続けてくれます。
今年の花は写真ではなく、絵に描き残しました。
あま・美和東小 飯尾 ひとみ
最近、自分自身が書に向き合う機会はほとんどなく、久しぶりに筆を握りました。何を書こうか悩んだ末、いつも心がけている「笑顔」を書きました。
本校の子どもたち、先生方、保護者、地域の方、周りの方々、そして家族の笑顔を思い浮かべて書きました。不格好ながら自分も笑顔になる書になりました。
安城・桜林小 山村 育余
我が子が小学生の頃は、毎年、水彩絵具を持って、桜を写生に行きました。
その子らも成人し、約十五年ぶりに公園を訪れました。あの頃と同じように咲き誇る桜がありました。
時が流れても変わらない美しさを感じるとともに、世の中が変化をしても今までのつながりとこれからのご縁を大切にしたいと思いました。
みよし・南部小 西條 かすみ
夏の夜明け前、大分県南部の佐伯市で撮影した風景です。この近くに祖母の家があり、私は幼いころ、ここで一緒に暮らしていました。
小学校入学前に引っ越しをした私が再び祖母と頻繁に会うようになったのは、教員になった後、祖母が体調を崩して入院をしたという知らせを受けてからでした。時間ならつくれたのに、もっと会いに行けばよかったと、今でも思います。
幼かったころの甘い思い出と、大人になってからの後悔とが混じり合った記憶を思い起こさせる特別な景色です。
武豊・富貴小 長田 智幸
大学の同級生で校長会員でもある仲間と御嶽登山に挑戦しました。噴火から10年経過し、鎮魂の思いと、災害時の適切な対応について考えながらの登山でした。標準タイムを大幅に超えましたが、無事に登頂することができました。平穏無事に生活できていること、共に挑戦してくれる仲間がいることに感謝しています。
新城・新城中 服部 智子
「あなたはあなたらしく、それがいいのよ」と、言ってくださった先輩。この言葉に心がすっとなりました。他と比べることをせず、自分磨きをしながら自分らしくありたいと心に語りつつ、今に至っています。この作品と向き合う機会は、もっと魅力ある表現者となれるよう、自分磨きをしなければと思う、貴重な時間となりました。
岡崎・東海中 長谷川 勝一
毎年夏になると、岡崎の美術教師は有志を集い、市の美術館を借りて美術展を開いている。現職だけでなく、退職した諸先輩も一緒に、である。61回を数える子どもたちの野外造形作品展「造形おかざきっ子」を支える仲間として、現職と先輩のつながりは深い。
本作品はその美術展に出品した作品である。悠久の時を流れる乙川のように、この関係が末永く続くことを願う。
田原・衣笠小 河合 祐
前任校である豊橋市立磯辺小学校の校庭にある創立150周年を記念した石碑です。皆で知恵を絞って決めたのが、校長室に掲げられた額の「不言実行」(昭和の文部大臣坂田道太氏揮毫の文言)でした。先々まで残ることに恐縮しながら、磯辺の子らしく骨太で実直であれとの思いを込めて揮毫しました。
大府・大府西中 佐藤 雅浩
大府市「平和大使」沖縄派遣団の団長として、8月に沖縄県を訪れた。平和学習の途中で訪れた「アメリカンビレッジ」。団員の中学生たちは、平和を実感しながら、戦争の悲惨さや平和の大切さを学び、自分にできることを真剣に考えていた。各校の代表として、この学びを広げていってくれることを期待している。
一宮・丹陽西小 木村 祥治
本校では、月に1回のあいさつデーと学期に1回のあいさつウィークを実施しています。このあいさつ運動は丹陽中学校区4校の連携活動として実施しており、保護者にも参加を依頼しています。
本年度1回目の目玉として、一宮市のマスコットキャラクターである「いちみん」も参加してくれました。「いちみん」は、清らかな水の流れと清々しい風が行き交う地域でよく見かける、 幸せを運ぶ妖精です。子 どもたちは、「いちみん」に元気よく「おはよう!」と声を掛けていました。
南知多・豊浜小 鈴川 美紀
書に関しては全くの素人ですが、書道師範の学習支援員さんたちのお力を借りていろいろな書体に挑戦しました。初めは少しでもうまくと考えましたが、上手でなくても楽しく自分らしくという思いに行き着きました。
「困難を乗り越えた先には、明るい未来がある」挑戦の先には、青空のような清々しさがありました。
刈谷・小垣江東小 浅田 敏宏
「小学校生活で学んだことは、命の大切さです。特に子牛の世話をしたことが思い出に残っています」これは、多くの卒業生からの言葉です。
学区の清水牧場さんの協力を得て、牛の飼育体験を始めて24年になります。毎年5年生が、子牛に関わりながら学ぶ本校の伝統的教育活動になっています。
大府・吉田小 澤田 まなみ
子どもたちが下校するときには、学校からたくさんのお土産を持って帰ってほしいと思っています。家では自分らしくのびのびと過ごし、また次の日、元気に登校してほしい。どの子にとっても、そんな毎日を過ごせるように、学校が子どもたちにとって楽しく居場所があるところになりますように。子どもたちが自分を好きになり、希望のある未来を思い描けますように。
長久手・市が洞小 早川 美幸
霞の白、桜、若葉の紅が混ざった美しい情景の歌です。藤原定家は、平安末期から鎌倉の激動の時代に、古典の継承に努めて和歌の作法を定め、源氏物語の世界を踏まえた歌も数多く詠んでいますが、そこからはみ出し、新たなものを産み出そうとする魅力もあります。伝統の継承と改革、今に も通じるものがあると感じます。
豊川・小坂井東小 中嶋 桂
以前、中学生の使節団に同行して立ち寄った無錫市の南長街です。運河沿いに現代風の飲食店や商店が軒を連ねる一角ですが、橋から見る景色には昔ながらの風情が感じられました。小中学生にとってかけがえのない経験となる各種交流活動の再開を願っています。
田原・中山小 山田 敦
4月に行った潮干狩りの一場面です。本校では、地元の漁業協同組合の協力で、毎年潮干狩りを行っています。天候や干満に左右されるので、延期ともなると実施日の確定が大変です。それでも、地元のよさを子どもたちに体験してもらいたいと、できるだけ実施するようにしています。縦割り班で行う中、上級生と下級生が仲よくアサリを掘る姿がとてもほほえましいです。夢中になってアサリを掘る子どもたちの姿を、今年も見ることができ、よかったです。
清須・清洲中 安井 博之
コロナ禍という試練に立ち向かった生徒たちが今春卒業をしました。
そして今、その姿をじっと見てきた後輩たちが先輩たちの思いを受け継ぎ、学校に新たな伝統の一ページを彩ろうと、躍動し始めています。
どんなに困難な状況であっても、先輩から後輩へバトンは確実に受け継がれています。
安城・明和小 芝田 陽子
竹の葉の露は清らかな響きをたてて滴る
書の師は、退職校長でありました。書けた字を見せる際、初めにかけられる言葉は、決まって「いいねえ」でした。その言葉に励まされ、私にも取り組むことができたのだと思います。師にはいつまでも及びませんが、一つの言葉の美しい響きを思い返し、大切にしています。
-豊橋・汐田小 中神 和也
毎年、春と夏に地元や旅先で、現場に画架を立て50号の油彩を描き続けている。それは我が教員人生とほぼ同じ年数となる。車の往来が激しい道沿いもあれば、民家の庭先に近いこともある。現場で描くからこそ、人との出会いが生まれ、一枚一枚にその人たちとの会話のひと時が描き込まれていく。
「現場」では、人との出会いと時の流れが刻まれる。感謝。
-豊田・則定小 成瀬 美香
則定小学校の校区には、江戸時代の思想家、鈴木正三の生誕地があります。正三の代表作『万民徳用』の教え「自分の仕事を精一杯行う。どんな仕事も世のため、人のため。心をこめて仕事につとめる」からいただいた「真心こめて 力いっぱい」を合言葉に、小さな山の学校で41名の子どもたちが学んでいます。
-弥富・弥生小 濵島 朋之
大自然の中に身を置くと、体中の感覚が研ぎ澄まされるように感じます。
立山の室堂に立ち、周辺に広がる風景の美しさに圧倒されながら散策を始めました。ここぞという場所で足を止め、道端でスケッチを始めました。
雲一つない青空を背に立つ雄山はとても魅力的で、その全てを紙に表現したいという気持ちで描きました。
-一宮・丹陽西小 木村 祥治
本校は800名を超える児童がいる大きな学校です。この2年間、新型コロナ対策のため水泳の授業は中止にしていました。
本年度はどうするか検討を重ね、再開することとしました。2年間のブランクがあり、水泳指導の経験のない若手教員もいます。体育主任を中心に入念に準備し、水泳の授業を行いました。途中、タンクが故障し、水道のホースでシャワーの代わりをすることもありましたが、子どもたちのうれしそうな顔が見られたのが何よりの喜びでした。
-稲沢・大里東中 長澤 辰夫
久しぶりに筆を持つ中で、さまざまな師の教えが頭の中を駆け巡りました。教えがこんなにも身に付いていたのは、師の人柄のなせる技であったとしみじみ感じています。
教職に従事する者にとって、大切なのは魅力ある人柄と、謙虚さであると自戒の念を込めて揮毫しました。
-幸田・豊坂小 伊藤 美佳
「残しておきたい環境」をタブレットで撮影していた本校4年生児童が、校庭の木々を見上げ、枝葉の間からこぼれる陽の光に心奪われ、思わず撮影した一枚です。タブレットが1人1台配付されたことで、児童の活動や表現の幅が広がり、このようなセンスが光る一枚を目にする幸せを味わうことができました。
-瀬戸・水南小 高木 雅浩
かつて登り窯で使用した窯道具を利用して作られた塀や壁が連なる「窯垣の小径」とよばれる路地がある。資料館もあり、ある程度整えられた所ではあるが、趣があり、瀬戸らしさを感じさせる素敵な場所である。
自分にとっては、生徒たちと何度か写生会を行った懐かしい場所でもある。目に入る色はどれも柔らかく、一日の流れがゆるやかに感じられた。
-あま・美和中 平野 誠二
山焼きのあと、一見、すべてが焼き尽くされたように見える山肌も、春には、また新しい生命が芽吹きます。
50余年に亘り、美和中生が親しんだ体育館が、老朽化により取り壊されます。
長年、体育館に掲げられていた「野火焼不盡」という句。体育館はいったん姿を消しますが、新設により、また新たな歴史が刻まれます。
-岡崎・奥殿小 赤﨑 類子
奥殿小学校から眺める村積山(三河富士)は、季節や天候を問わず、いつも絶景です。「あの峰仰げば湧いてくる 夢も望みも喜びも」の校歌のとおり、仰ぎ見ると村積山の呼吸と自分の呼吸が重なり、山の命のエネルギーが体に湧き上がってきます。
村積山の懐に抱かれ、今日も子どもたちと教職員が心を育んでいます
-知立・知立小 橋本 昭
知立まつりの最大の特徴は、山車の上で文楽とからくりが上演されることです。このことは大変珍しく、平成28年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
本校の児童は、祭りの準備の時期になると、夕方に地区の公民館に集まり、先輩からお囃子を学びます。
また、3年生の総合的な学習の時間では、からくりや人形浄瑠璃の保存会の方々をお招きし、人形に触れる体験をさせていただいています。
-豊川・一宮東部小 松本 充弘
下手の横好きで、機会があれば筆で文字を書いています。師について学んだわけではありませんが、自分なりにぴたりと型にはまると嬉しくなります。
「和樂」は、和やかで楽しいこと。我慢を強いられる昨今、早くこんな日が来ることを願いつつ、認(したた)めてみました。
-美浜・河和中 佐治 宏昭
本校の学校祭は、校庭のすずかけの木にちなみ「すずかけ祭」と名付けられています。生徒たちは、先輩方が築き上げた伝統を引継ぎ、自主と創造と連帯の精神を発揮する場となっています。
これは体育祭の部の一コマです。これからも仲間との絆をつなぎ、よき伝統を未来へつなぐ場となるよう願っています。
-刈谷・刈谷南中 中村 僚志
雪の降る朝のこと。前日からの雪で、久しぶりに辺り一面が雪景色でした。そんな中、一人の生徒が、自転車を漕いで登校してきました。無事に登校してきたという安堵感とともに、生徒のたくましさを感じました。そして、どんな状況でも強く前進し続けてほしいと心から願いました。
-蒲郡・中央小 下山 和子
私が書道を始めたのは、大学生のときです。国語の先生なら、書をたしなんだ方がよいと思ったからです。それから、習い続けています。仕事の合間のほっとできる時間になっています。
作品は、私の大好きな万葉集の額田王の歌「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君の袖振る」です。天智天皇という恋人がいながら、大海人皇子と歌をやり取りすることにロマンを感じながら書きました。
-岩倉・岩倉中 髙御堂 勝久
冬のある日。何気ない風景に心引かれ、描き留めたくなりました。
落葉した木の下に静かに置かれた二つのベンチ。夏には、人々がそのベンチに座り、木陰で一休みしたことでしょう。そんな様子を思い浮かべ、季節の移ろいとともに、静かに流れる時を感じ、静寂に思い浸っていました。
-愛西・立田南部小 小島 洋志
立田南部小の福原分校は、木曽川、長良川に囲まれた輪中にあり、昨年3月に地域の方々に見守られて閉校しました。分校は1877年、地主が私費で建設した「加立学校」が前身であり、正に地域の一部であり、地域とともに歩んできた学校です。
1984年に立田大橋が開通するまでは、渡船を利用して本校と交流をしていた写真が今も残っています。教育目標「小さな分校の大きな人づくり」の精神は、子どもたちの心に受け継がれています。
-知多・岡田小 加藤 裕美
「今在るところで、花を咲かせましょう」という意味です。
今の状況を受け入れ、そこで何ができるかを考え、行動に移していくことが大切です。そして、花を咲かせられない時は、根を伸ばす努力を怠らないようにしたいものですね。
自戒を込めた、私の座右の銘です。
-高浜・高取小 池田 亙隆
毎月、0の日の朝は、高取小学校の近くの法響橋で元気な声が響きます。児童会の「あいさつ運動」です。友達や地域の方に大きな声で元気を届けています。写真は朝日を受けて活動している様子です。今年、運動の横断幕が1つ増えました。回数も増やすようです。子供たちの挨拶が地域に広がっていきます。
-瀬戸・下品野小 浅井 大司
峠は決定をしいるところだ 峠には訣別のためのあかるい憂愁がながれている
いくつもいくつも峠を越えてきた。 さて、この峠はどうやって越えようか。
-安城・篠目中 石川 法威
山並みを背景に、朝焼けでもあり、夕空でもある、そして星空でもある心象風景を思い浮かべた。クレーのモザイク画を模して、目くるめく色彩を重ねていく心地よさを味わう。子どもたちの個性は何色だろう。それぞれの光を響かせ合いながら、今日を生き、明日に生きる。若さは素敵だ。
-大府・共和西小 武村 強
制作で集中している時間が私は大好きです。この作品は切り絵で、下絵の線に沿って、黒い画用紙を切り抜き、後ろから絵柄の和紙を貼り付けています。
雷神は雷を司る神であり、雷神の名前をイカヅチノカミといい、雨乞いの神や稲作の神ともいわれています。
-豊川・小坂井東小 河原 淳
校区に篠束(しのづか)神社例大祭があります。地域では菟足(うたり)神社の風祭りが有名ですが、篠束は派手さが感じられないかわりに、優美さを強く感じます。式典では、装束を身にまとった地域の方々の生演奏による雅楽が奏でられ、本校の児童が巫女になって「浦安の舞」を披露します。神妙な表情をしながらも、鈴の音を響かせながら華麗に舞い踊ります。連綿と続く日本の伝統美がそこにあり、今後も大切にされていくでしょう。
-岡崎・六ツ美北中 荻野 款司
新任から5年目に小学校勤務となり、書写の授業で毛筆の指導をした。毛筆の基本をほとんど理解も習得もしていなかったので、大恥の連続。
そこで一念発起、書道塾に通った。指使いや筆の動きに注意し練習するが、うまく書けない。それでも先生は、必ず褒めてくれた。やがて、奇跡の作品が一つだけできた。
-小牧・光ヶ丘中 櫻本 寛之
光ヶ丘中で、平成14年から続く「地域ふれあい学びフェスティバル」。さまざまな年齢の地域住民が集い、さまざまな企画をともに楽しみ、学ぶ日である。少しずつ変化しながらも「地域とともに、企画・運営・実践力を身に付け、地域の一員としての自覚や地域を愛する気持ちを育む目的」で、生徒主体の行事となっている。
-新城・八名中 上野 道弘
作品は、縦横90センチメートルのパイン合板の表面を彫って仕上げました。
前任校の豊橋市立石巻小学校では、毎年秋に全校児童が力を合わせ、野外劇に取り組んでいます。もう40年近く続く伝統ある学校行事です。3つある野外劇の題材の一つ「笛吹きジンゴ」をイメージして少年ジンゴと龍を彫り上げました。
-高浜・翼小 亀島 真治
勤務校が翼小学校。校歌は「フライ トゥー ザ スカイ」。学校を支えてくださるのが「飛翔の会」。担任して、音楽で立派に活躍してくれているのが翔君。プロ棋士になるずっと前に対局した藤井聡太君。彼が扇子に書く文字が「飛翔」。翼小の子どもたちが、やがて力強く未来へ飛び立っていくのが楽しみです
-あま・秋竹小 安井 明人
何度も何枚も描く。形は正確か? 色は? 構図は?うまくいかない。納得いかない。何度もやめようと思いながらも描き続ける。描いていく中でボンヤリとだが見えてくるモノがある。描き続けることで理解できることがある。みんな同じ。ちょっとずつ成長していく。自分はあと何枚描けるだろう。
-清須・古城小 小暮 格已
尾張西枇杷島まつりは、1802年に始まったとされ、五輌の山車の曳き廻しとからくり人形の演舞が見どころの200年以上続く、とても歴史ある古いお祭りです。
山車は2日間に渡って西枇杷島町内を曳き廻されます。
4トンもの山車が、狭い道を方向転換する時に見せる「曲場(まえば)」は大迫力で見どころです。
本校は、毎年5月に4年生が山車の見学とお囃子の体験をさせていただいています。
-春日井・西尾小 納谷 裕子
春日井市の書研究会は、毎年、小作品展を開いています。書いた歌は、東日本大震災の復興応援ソングです。力強さ、文字のバランス、白と黒のバランス、行間の取り方、余白の取り方などに気をつけて、紙面いっぱいに書いたつもりです。
未来に羽ばたく子供たちは、どんな花を咲かせてくれることでしょう。
-蒲郡・三谷小(現 蒲郡市教委) 遠山 祐幸
毎年10月になると、三谷町のあちらこちらから祭囃子が聞こえてくる。これは、天下の奇祭と呼ばれ、300有余年の長い歴史と伝統をもつ「三谷祭」恒例の風景である。三谷っ子は、子踊りを通して、わが町の誇りと喜びを全身で表し、地域の大人に温かく見守られながら人としての生き方を学んでいる。
-扶桑・高雄小 水野 幹伸
絵は、描きながら変化していく。1本の線でも意味が加えられる。画面を分割する水平・垂直な線は安定、遮断する斜線は変化を生み出す。そして、曲線は生命感を空想させる。
顧問として、朝夕ノックに明け暮れていた日々。子どもの想いが、殻を割って羽ばたいていく記憶。
-大府・共和西小 梶野 隆則
今置かれている状況に心安らかに満足し、自分の仕事を楽しんでするというような意味です。こんな気持ちで校長ができたらいいなと思っていますが、なかなかそうはいきません。
わたし素人なんですが、と思いつつ、安居楽業の気持ちで、字はワープロソフトをお手本に、落款は消しゴムで作りました。
-西尾・中畑小 近藤 厚
本校区には県の無形民俗文化財の指定を受けている「田貫(たぬき)の棒の手」があります。棒の手保存会の方々によって170年間伝承され、氏神に奉納されてきました。「地域と共に」を標榜している本校では、2年生になると熟練の大人たちに交じって練習に励みます。子どもたちは伝統継承の一翼を担っています。
-碧南・鷲塚小 中根 孝明
三重県熊野市の丸山地区には小さな何枚もの水田があり、千枚田と呼ばれます。その景観は素晴らしく、日本一の棚田景観とも言われます。小さな田が幾重にも重なり合っており、その数なんと1340枚。現在では、熊野古道が世界遺産に認定された2004年から「虫送り」が農耕行事として復活し、夕刻には千枚田に松明が灯され幻想的な風景になります。そして太鼓や松明を持って千枚田のあぜを練り歩きます。写真は展望台からの景観です。
-田原・赤羽根小 白 谷 厚
卒業生の色紙に書いた言葉です。「あかばね」は、ふるさと「赤羽根」と「赤バネ」の掛詞。赤は情熱、バネの弾力は、時に困難を跳ね返し、時には、クッションとして人に優しくなります。
人情味豊かな赤羽根で育ったことに誇りを抱き、情熱的で強く優しく成長してほしいという願いを込めました。
-あま・正則小 後東 貴志
運動会「デカパンリレー」の1コマです。縦割り活動「すこやか班」の1・6年でペアを作りました。すこやか班では、サツマイモの植え付けや収穫、「すこやか遊び」などを通じて、いたわりや思いやりの心を育んでいます。しかし、勝負は別物。勝利を目指して、全力疾走。「さあ、いくよ」「ハイッ!」
-名古屋・滝ノ水中 新田 智子
全校生徒900名を超える本校は、陸上競技場を借りて体育大会を行います。最後の競技は、一番の見物である部活対抗リレー。運動部も文化部も、各部の精鋭8人が100メートルずつ走ります。男子の部では、女性も含めた若手教員が生徒と競いました。オリンピック選手にも負けない見事なバトンパス直後の瞬間です。
-名古屋・岩塚小 余合 寿代
「花意竹情( かいちくじょう)」とは、「花は人を惹きつける魅力があり、竹は風にまかせて素直に揺れる情をもっている」という意味です。
花のように、竹のように…。人としての生き方、考え方を示した言葉です。
簡単なようで、難しい。でも、そんな心根をもって生きていきたいと思います。
-愛西・北河田小 服部 幸彦
尾張の書研究部会では、数年前から「硬毛筆(こうもうペン)」を使った指導を推奨しています。毛筆で学んだことを硬筆に生かすことをねらっています。
本作品は小学校6年生の教科書を見て書いてみました。基本点画がうまく表現できます。「感謝」こそ、今の私の学校経営のキーワードです。
-知多郡・衣浦小 加藤 裕美
かれこれ40年の歴史を数える衣小マーチングバンドクラブ。運動会や地域からの要請を受けたイベントに、さわやかな風を送り届けている。
厳しい練習でも、音がよくなってくるにしたがって、子どもたちには笑顔があふれてくる。
「花・歌・汗」を合言葉に、今日もさっそうと行進する我が校の誇り。
-名古屋・穂波小 大西 貴久
笠寺観音の通称で知られる「笠覆寺(りゅうふくじ)」。尾張四観音の一つで、なごや七福神の恵比須が祀られています。
毎月、「六」のつく「祈願日」には、境内で青空市『六の市』が開かれ、多くの人でとても賑わっています。放生池を渡る石橋から眺める仁王門、その奥に控える本堂は、堂々とした佇まいです。
-豊明・中央小 神田 義信
カボチャは、色も形も様々で何とも魅力を感じさせる野菜です。料理人が見れば味を感じ、商人が見れば値段を感じ、農家の人がみれば出来映えを感じるでしょう。子どもたちが見ればどんなことを感じるでしょうか。見方も感じ方も様々、だからそこにはいろいろな発見があり、新しい価値が生まれます。
-みよし・南部小 吉田 祐示
青空のもと、色とりどりの法被が風にはためく『ソーラン節』。運動会のこの一瞬のために練習を重ねてきた子どもたち。腰を落とし、指先にまで力をこめ、真剣な眼差しで演技するその姿に、観客の目は釘付け。息の合った美しい動きと運動場いっぱいに広がる元気な声は、仲間と演じる喜びにあふれていました。
-豊橋・磯辺小 中島 一吉
市内の陸上大会に出場した走り高跳びの選手。自分の跳ぶ順番をじっと待ちます。徐々に高まってくる緊張感。その気持ちを抑え込むようにして、助走に入ります。「バーを落とすかも」「跳びたい」そんな思いを一気に爆発させ、踏み切ります。 体が浮き上がり、 バーを跳び越える瞬間、彼女は声にならない叫び声をあげます。
-豊田・高岡中 林 泰之
「質」は質朴、「実」は誠実の意で、「質実」は飾り気がなく、まじめなこと。「剛健」は心や体が強く、たくましいこ とである。
本校の前身である高岡高等小学校時代から100年以上にわたり「校風」として引き継がれた言葉である。私たち日本人が忘れてはならない言葉の一つではないだろうか。
-名古屋・南陽東中 𠮷田 仁彦
初任校の頃、愛知教育大学名誉教授の岡本白濤先生の「育人」と書かれた色紙をいただいた。教室に飾り、生徒には「人に育つ」、自分には「人を育てる」と読んで、教育の心得としていた。
今は「人を育てる」の範囲が当時より広くなったが、やはりこの言葉は私の教員生活の原点であると思っている
-春日井・知多中 長谷川 昌信
まだ幼さが残る中学一年生の男の子。その頬のふくらみは、母が作る毎日の食事でできている。口元に微かに見られる強ばりは、12年と数か月生きて得たプライドか。そして瞳は不安と期待を宿しながら、まっすぐに未来を見つめる。まだ何者でもない存在だけがもつ魅力。瑞々しい若葉のように美しいと思う。
-名古屋・浦里小 小澤 一臣
涼を求め、暑い名古屋から長野県八ヶ岳へ。
そこには白樺の木々の中に咲き誇る、色鮮やかなユリの花。高原の風に乗って、ユリの甘い香りが漂ってきました。
心も体もリフレッシュすることができた、夏のひとときでした。
ユリに別れを告げる際、名古屋市の花と結び付き、現実に逆戻りしました。
-日進・赤池小 吉田 勝俊
6月のある日、学校園の「夢畑」でタマネギを収穫しました。600名の児童が一人一本ずつとってもまだ余る1000本ほどの収穫がありました。
掘り出してみるまでは大きさが分からず、特大のタマネギを掘り当てた児童からは自慢げな歓声が上がっていました。
うれしそうに家庭に持ち帰りました。
-名古屋・瑞穂ヶ丘中 池田 正司
どんなに高く昇っても、必ず自分と同じ目線にある地平線。広大で果てしなく、永遠を想わせる水平線。若い頃から、地平線・水平線の見える風景には、不思議な魅力を感じ、憧れに近い思いがありました。せせこましい現実を離れ、果てには夢や希望が広がり、宇宙へとつながっていく…。私の心象風景です。
-あま・甚目寺東小 石村 眞一郎
校庭のカイヅカイブキの緑のなかに、きらきらとした光の玉を見つけました。
糸のように細い葉の間に、しずくがひとつ。朝の日をいっぱいに浴び、まばゆい光を放っています。
未明の雨と、暖かい日ざしがつくりあげた奇跡の美がここにあります。
そして、この瞬間の出合いこそ、まさに、奇跡であると実感しました。
-名古屋・稲永小 奥村 康之
今、名古屋の港が元気です。
2017年春には、金城埠頭にレゴランドが開園します。20年開催のフットサルワールドカップに愛知が立候補し、中心会場は金城埠頭のテバオーシャンアリーナが有力です。
稲永埠頭に10万平方メートル級の国際展示場を建設するという話も出ています。
水族館のシャチも元気です。ぜひ見に来てください。
-春日井・鷹来小 名倉 誠也
上善如水。水善利万物而不争。 居衆人之所悪。故幾於道。 (第八章 易性)
水は喩(たと)えです。理想的な生き方を願って、水の在り方に学んでいます。
それは三つ。柔軟な性質、謙虚な姿勢、大いなる存在・エネルギーです。私もこのような特長を身に付けられれば、理想の生き方に近づけるはず。それが無為自然の道の在り方に近いのです。
「如水」は、武将黒田官兵衛出家後の号としても知られています。
-名古屋・明正小 伊藤 勝朗
啐啄(そったく)とは、鶏の卵が孵る時、雛が外に出るために内側から殻をつつき、それと同時に、親鳥が雛の様子を察して外側から殻を破ることをいいます。
親と子をはじめ、上司と部下、教師と子どもが、常に相応じながら、成長の絶好の時期をとらえ、互いの心を一つに合わせたいものです。
-刈谷・富士松中 丹羽 宏行
私が中学生の頃まで250メートルの無線塔8基がそびえ立ち、遠くからでも見られた。真珠湾攻撃の「ニイタカヤマノボレ」の暗号も超長波無線としてここから発信された。
今は、公園「フローラルガーデンよさみ」の一角にある依佐美送信所記念館の傍らに、塔の一部が残されている。
-知多郡・野間中 寺田 眞一
半田市内には31台の山車(だし)があり、それぞれに見事な彫刻や刺繍が所狭しと施されています。下半田南組の護王車を飾っているたくさんの彫刻の中の1つ、初代彫常(ほりつね)作「護王の夢物語」です。着色しない素木(しらき)の木目が生かされ、繊細で、そして、どこか温かさを感じさせる彫刻の美しさに心ひかれます。
-豊川・御油小 河原 淳-
中国に「東洋のヴェニス」と呼ばれる運河の街があると聞いて、これは絵になると思いました。数年後の夏休みに出かけました。周荘(しゅうそう)という所で、明時代の建築物が未だ現役で、運河が生活道路になっているという予想通りの絵になる風景でした。人物を描く際、遊び心がはたらいて、自分と息子を入れました。
-名古屋・原小 牧野 晃-
ある日の陸上部の練習風景です。
スタートから一気に加速。ゴールを目指しひた走り。短距離走はスタートダッシュが肝心とばかり、繰り返し練習していました。
力いっぱい走る子どもの姿に心を動かされ、カメラを取りに校長室へ。急いで運動場に戻り、撮影しました。
-岡崎・美合小 藤井 哲也-
「ラブジョイ彗星」が太陽に接近し、どんどん明るさを増している姿です。
11月14日午前4時半、新城市作手で撮影しました。
この彗星は、昨年9月にオーストラリアのラブジョイ氏が発見したばかり。二度と太陽系には戻って来ない仲間で、宇宙の旅人です。
青緑の輝きには、不思議な力があります。何度でも会いに行きたくなるのです。
-半田・有脇小 近藤 貴美子-
禅語「我逢人」(がほうじん)は、出会いの尊さを3文字で表した言葉です。道元禅師は念願の師に出会った感動を「我、人と逢うなり」という言葉にしました。
出会いから全てが始まります。顧みれば、人との出会いが、自分の視野を広め、思慮を深めてくれました。人と出会うことを大切に、人と出会える場を大切に、生きていこうと思っています。
-豊橋・高師台中 黄木 昭彦-
酒を愛し、自然を愛し、友人を大切に思う李白。自尊心が強く、誇り高き独立心に富み、豪放・ダイナミック・大きなスケールという形容がぴったり。生涯の大部分の時間を旅に費やし、月と戯れた李白であった。
「月下独酌」の中の一節である。一壺の酒を抱えて花のもとへ行く。ここにも孤独感が浮かぶ。
幼い頃、母の実家では養蚕を営んでいた。薄暗い蚕室で無数の蚕が蠢(うごめ)く様を、障子の隙間から恐る恐る覗き見た。虫と人とが同居し共存する養蚕が不思議なものに映った。絵を志向した20歳の頃から、私の絵には蚕が登場する。そして、いまだに棲み続けている。「現実界」と「養蚕界」とは、時に交錯し、幻視を生む。
-稲沢・稲沢北小 堀田 義賢-
私は釣りが趣味で、毎年敦賀の海を訪れます。周りの雑踏から離れ、そこには、癒しの空間があります。そんな中、素晴らしい自然との出合いも楽しみです。その一つが、日本海に沈む夕日の美しさです。短い時間ですが、空は紅色に、海は黄金色に染まり、まさに絶景で す。そんな風景にカメラを向けました。
-名古屋・大宝小 今川 郁子-
急に雨が降り出し、8月というのに寒くてたまらなくなりました。
いつものことですが、描きたい景色がそこにあるのに、なかなか描けません。もう少しここで描いていかなければ絵にはならないと感じていました。かじかんだ指で絵の具を出しながら焦っていたのに、今も懐かしい夏の日の思い出です。
-北設楽郡・富山小 神谷 雅夫-
日本一ミニ村だった旧富山村の子どもたちの笑顔が意味するものは、地域の方々への感謝です。
「子ども村祭り」は、育てた野菜の調理、手作りのしおり作成や寸劇の披露などを通して、地域の方々とふれ合う機会です。「子ども村祭りが始まるよ」と歌を歌いながら地域を練り歩く姿を見て、地域の方々も笑顔で迎えてくれています。
-豊田・寺部小 窪田 尚美-
論語に出てくる言葉で「ムケン・倦(う)むこと無(な)かれ」と読みます。「飽きずにやることが大切。嫌気を起こして怠ってはならない」という意味です。
今、自分がなすべきことは何かを自覚し、地道に進みたいものです。つらいことがあっても、諦めず、怠らずに歩んでいきたいと思います。一歩一歩、自分らしく、確実に。
-名古屋・日比津中 橋口 弘通-
平安時代後期1180年頃、後白河法皇の編による『梁塵秘抄』に載っている歌謡です。NHK大河ドラマの「平清盛」で、劇中、清盛が子どもの頃を回想する場面でも よく流れています。
時代がとんで、江戸時代後期の良寛さんの子どもたちを愛してやまない姿と重ねて、紹介されてもいるようです。
-海部郡・舟入小 神田 雅彦-
6月、御嶽パノラマラインの険しい山道を左に曲がると、急に目の前の視界が開け、雄大な風景が飛び込んできました。 車から降りてみると、眼下には深い谷越しに樹海が広がり、雪を頂いた御嶽の麓へと続いています。白く輝く峰々と新緑のゆるやかな丘陵がつくり出す見事な対比、心ひかれる大自然の美しさです。
-名古屋・川名中 水谷 誠-
車で関東方面へ旅行に出掛けた際、東京湾アクアライン上で渋滞に遭いました。車中でぐったりしていると、空港へ向かう 旅客機が何度も通り過ぎる様子を目にしました。その背景の、カーテンのように降り注ぐ薄ら明かりが印象的で、旅客機が通り過ぎるタイミングや構図等を計算してシャッ ターを切りました。
-豊橋・大清水小 小久保 恵司-
今から20数年前、乗鞍高原をドライブした折、ふと立ち寄った池です。
真夏の太陽が照りつける中、水に映った風景は驚くほどコントラストが強く、どこまでも深く続いていました。池の周りには涼しい空気が漂い、神秘的な世界が広がっていました。その時の印象を、1枚の絵に閉じ込めてみました。
-愛知郡・兵庫小 内藤 湖南-
金環日食を前に、みんなで太陽の見方を学習しました。「下を見て、太陽グラスを目に当てて、上の方に上げていって」「おっおっー!」思わず言葉が漏れました。「すごい!」初めて見る鮮明な太陽の姿に、見入っていました。「見つめ続けないで、時々目をつぶって休めてください。」
当日、晴れるといいね。